フューチャーラボラトリ解剖学 第7回「知的財産」を守る特許のプロフェッショナルが化学技術と社会をつなぐ担い手として、道を歩み続ける。

フューチャーラボラトリに対しアドバイスをくださっている外部の有識者の方々に、 ” フューチャーラボラトリとはなにか?”そして、”橋本昌隆がこれから成すべき事はなにか?” をお聞きするのがこの「フューチャーラボラトリ解剖学」。

第7回は、弁理士として知的財産に関する実務を積み、知財の保護と活用に関する研究をなされている金沢工業大学大学院 知的創造システム専攻 准教授の上條由紀子氏にご登場いただきました。

インタビューはフューチャーラボラトリにインターンとして在籍する慶應義塾大学の永岡さやかさん。構成/執筆は魚見幸代です。

Guest

金沢工業大学大学院 知的創造システム専攻准教授

上條由紀子

Interviewer

慶應義塾大学法学部

永岡さやか

構成/執筆

魚見幸代


時代に必要とされ、特許の現場からアカデミックの道へ

上條由紀子氏が弁理士になった1990年代後半は、バブル崩壊後で国際競争力を維持発展させるためにもアメリカに倣い、プロパテント化(特許権による知的財産の保護を強くすること)の機運が高まっていたそうです。一方で、大学で研究された技術を産業界に生かすための環境づくりもこの頃から整備されつつあり、上條氏は、太陽国際特許事務所に所属しながらも、東京大学先端科学技術研究センターの特任研究員として、活動することになります。まずはその経緯についてうかがいました。

永岡:弁理士として活躍されていながら、東大の先端研・研究員になられたのは、きっかけがあったのですか?

上條:はい。まず時代背景として、その当時、「知的財産」に関する環境に大きな変動がありました。特許出願件数も年々増加し、プロパテントの機運が高まってきておりましたし、産業界と大学とがコラボレーションしながら新しい知を創造することが奨励され、環境整備が進んできておりました。アメリカでもかなり活発になっていましたしね。

橋本:アメリカの政策がそのように変わったのは、もとは80年代頃、世界では「Japan is NO.1」という評価が高まっていて、それをひっくり返すための戦略からきているんですよ。たとえば、グーグルはスタンフォード大学発の企業として代表的な例ですよね。

上條:そうですね。アメリカの影響もあり、日本の政策として、大学の研究成果を社会に役立てるため、TLO(Technology Licensing Organization:技術移転機関)が設置され、産学連携が推進されるようになりました。そのような時期に、私は弁理士になり企業の知的財産を権利化するお仕事に携わってきました。しかしながら、特許事務所のお仕事では、明細書を作成して発明を権利化するまでのお手伝いはできるのですが、その後に権利化した発明が製品やサービスに活用され、商業化に至るところまでは見ることができませんでした。子どもにキレイな洋服を着せて小学校に入れたものの、そこで引き裂かれるお母さんのような気分なんです。それで、全体を俯瞰してみられるようなポジションに自分をおきたいと思うようになりました。

金沢工業大学大学院
知的創造システム専攻
准教授/ 弁理士
上條由紀子氏

永岡:全体をみるというと?

上條:知的財産(アイデア)が生まれると、そのアイデアについて知的財産権法を用いて保護し、活用していくわけですが、その際には裁判等の紛争が発生することもあります。この知財の創造、保護、活用及び紛争対応に至る一連のマネジメントを行うことは、企業経営においても、大学経営においても必須です。そこで、私は、東京大学先端科学技術研究センターの渡部俊也教授の研究室に所属させて頂き、知財マネジメントについての研究に携わらせて頂くと共に、産学連携の研究にも取り組ませて頂きました。当時、北海道から沖縄まで、大学知的財産本部やTLOにヒアリング訪問させて頂き、知財本部とTLOとの役割分担などについても検討させていただきました。

 橋本さんにお会いしたのはちょうどその頃です。先端研の助手をやっておられた若手の方々が、「知的財産マネジメント研究会(SMIPS)」というものを立ち上げて勉強会を月1回、開いていたんです。産学連携や技術移転に関心のある方が、他大学からも集まるようになって、一種のコミュニティができあがっていきました。私もそのお手伝いをするようになって、そこに橋本さんも顔を出されていたんですよね。

達成したい夢、ビジョンが共通している!

橋本:その頃はフューチャーラボラトリを立ち上げる前で、大学の先生が開催する研究会のマネージメントなど、裏方をしていました。また、企業と大学との共同研究にあたり、企業に対して協賛金や共同研究費を「いくら出していただけますか?」といった交渉窓口など、雑多なことをしていました。こういったことを仕事にしようと思いながら、もがいていた時期ですね。

上條:最初にお会いした頃に、「橋本さんは面白い人だなあ!」と思ったことがありました(笑)。名刺をお渡ししたら、「名前は縦書きで、文字は大きい方が縁起がいいですよ」とおっしゃって。いきなり人の名刺に注文つけるとは、面白い人だなと…(苦笑)。そして、姓名判断を勉強されているということで、「名前が強くて、仕事に向いています」と言っていただきました。ただ「その代わり、婚期は遅くなりますよ」と。それで、ムカッとしながらも(笑)、興味深いアドバイスをくださる方だなあとインパクトがありましたね。

永岡:上條先生の度量の大きさがうかがえます。

上條:(笑)。それからずっとおつき合いさせていただいている理由は何かな?と思うと、達成したい夢やビジョンが共通しているんですね。以前、社名をなぜ「フューチャーラボラトリ」にしたのですか?とうかがったときに、「今ある大学の研究室は理想のカタチではない。もっと研究者がのびのびと研究ができ、成果がきちんと世の中で評価されて、社会に羽ばたいていくようなラボをつくりたいんだ」と話されたんです。

 私も高校生のときから「科学技術と社会の橋渡し」をしたいというのが願いで、それはずっとブレていないんです。

慶應義塾大学 法学部
永岡さやか

偶然か運命か!? つながる人と人のご縁

橋本:いろいろな弁理士の方にお会いしていますが、上條先生はプロフェッショナルとしての意識が高いんですよね。特許のことは、上條先生!という感じでおります。

最近のホットトピックスは早稲田大学の武岡先生らが研究開発された「ナノ絆創膏」のお仕事ですね。普通の絆創膏は分厚いのでがさがさしたり、傷が残ったりしますが、「ナノ絆創膏」は世界一薄い高分子シートで、傷が残らない。また、手術のときは、分厚い絆創膏は生体に適合しないので、どこかで取り除かなければいけないのですが、「ナノ絆創膏」は生体適合する、世界にない技術なんです。この研究技術をどのように特許で守り、世界に展開していくかというときに、上條先生に相談にのっていただいています。

 それで、びっくりしたのですが、上條先生が化学系のご出身とは聞いていましたが、その武岡先生と同分野を専門に勉強されていたことがわかって…。

株式会社フューチャーラボラトリ
代表取締役社長
橋本 昌隆

上條:偶然なのですが、高分子化学の研究をしていたんです。高分子というのは、プラスチックなどが代表的ですが、小さい分子(低分子)が手をつないで沢山並ぶと高分子という一つの大きな分子になるのです。小さい分子(低分子)では、さらさらとした紛体や液体だったものが、手をつないで高分子になると、どろっと粘度が上がったり、樹脂のような塊になって強度が高い材料になったり、独特の性質を発揮するようになります。つまり、ナノシートのように、すごく薄くのばしても切れにくい材料ができたり、飛行機の外側に貼れるくらい強度の高い樹脂ができたりするんです。

 私は修士課程まで高分子化学の研究をしていましたが、一度研究畑を離れて弁理士になり、知的財産権法の観点で新しい技術がどう保護・活用されていくのかを見てきました。でも、高分子化学、特に医用高分子材料の研究とその実用化への取組みついて志半ばであったことから、あらためてレギュラトリーサイエンスの観点で研究を再開する場を探していたのです。

橋本:それでこのたび、武岡先生が所属されている大学院に入学されたんですよ

永岡:えー! すごい!

上條:「ナノ絆創膏」の知的財産戦略に関するお手伝いもしながら、レギュラトリーサイエンスの観点から、研究開発で生まれた医用高分子材料の商業化について研究に携わることになりました。もう、運命がどこでどうなっているか、わからないですね。橋本さんにはお仕事だけでなく、人との出会いでもお世話になっています。

「フューチャーラボラトリ」という場でおこる化学反応で、これまでにない解決方法がイノベートされていく。

永岡:私はインターンとして研究会や異業種交流会に参加させていただいていますが、学生では社会人の方とお会いする機会もないし、毎回、いろいろな分野の方がいらっしゃるのでとても面白いなあと思っています。

橋本:就職活動でいうと、最終面接で会うような役員クラスの方も交流会にいらっしゃいますからね。大手企業の役員の方も、意外とそういう場だと「将来はなにをやりたいの?」などいろいろ聞いたりしていますね。

上條:以前、4月1日に橋本さんとお食事に行ったことがあるのですが、突然「実は僕、離婚するんですよ」とおっしゃって(笑)。バレバレなんですけど、ちょっとイタズラ好きでおちゃめなところが橋本さんの魅力。だから橋本さんの周りにはそんな橋本さんを許せる(笑)、気だてのいい方が多いですよね。クリエイティブな発明や新しい技術の開発とかは、おおらかさやユーモアがある中でないと生まれないと思います。だから、橋本さんのそばにいると、福の神のように、いいことがあるなと思っています。

永岡:上條先生や橋本さんが関わっていらっしゃることは、既成にない、新しいものを結びつけるイメージがあります。

上條:そうですね。みなさん、自分の持ち場ではしっかりと堅実にやっておられて、糊しろみたいなところで、「なにか面白いことはないかな?」と思っている。そういう糊しろを持っている人同士が集まると、共振して、化学反応がおこるんですよね。そこで、既成にない問題を解決できる手段がイノベートされていく。そういう場というか、コミュニティに橋本さんを通して輪に入れてもらっている感じだと思います。

永岡:そういうとき、どうまとめていこうかとか、ご苦労はないのですか?

橋本:まとめる気はないですね。

上條:無理矢理まとめようとしないのも、橋本さんのいいところ。なにかの方向に持っていこうとすると、軋轢や混乱が生じますからね。 ところで永岡さんは将来の夢はありますか?

永岡:国際協力に関わることがしたいと思っていて、なにができるかと考えて、医者になろうと思ったんです。なので今は法学部なのですが、来年、改めて医学部を受験します。自分の強みをもつスペシャリストになりたいと思っています。

上條:素晴らしいですね。医療分野は女性も男性同様に活躍できる分野だと思いますので、応援しています。私も、今年度から入学する博士課程は、医科学(メディカルサイエンス)の専攻なので、将来一緒にお仕事ができる日がくるのを楽しみにしていますよ。

―――最後にみなさんの今後の抱負をお願いします。

上條:時間は有限なものです。ですから、人様にご迷惑をかけないようにしつつも、自分で「これだ!」と思うことをまっすぐに取り組んでいきたいと思います。

永岡:人とのつながりを大切に、自分で「これ」と思うものを見つけて、集中して頑張って行きたいと思います。

橋本:最近のキーワードは「ブラウン運動」ですね。水の中に花粉をポンとおとすと、プルプルって振るえるんです。水は止まっているようにみえるけど、実は動いている。それで、これだと思ったら、ひゅっとそこに集まる。そんなブラウン運動のように仕事をしていきたいですね。

上條:橋本さんは人の媒介をして、新しいものが生まれることを喜びとされていますよね。それが橋本さんの美学なんだと思います。

橋本:本日は楽しいお話、厳しいご意見ありがとうございました(笑)

プロフィール

上條 由紀子

金沢工業大学大学院 知的創造システム専攻 准教授・弁理士

慶應義塾大学大学院理工学研究科物質科学専攻修了。慶應義塾中等部理科教員を経て1999年に弁理士登録。太陽国際特許事務所勤務後、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、慶應義塾大学デジタルメディアコンテンツ統合研究機構専任講師を経て、2009年より現職。

2010年、内閣官房知的財産戦略本部知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会委員、内閣官房知的財産戦略本部国際標準化戦略タスクフォース委員を務める。日本弁理士会知財経営コンサルティング委員会メンバー。知的財産マネージメント研究会(SMIPS)知財キャリア分科会オーガナイザー。